東京地方裁判所 平成8年(ワ)9967号 判決 1998年11月27日
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
被告らは、原告に対し、各自五〇〇万円及びこれに対する被告甲野太郎については平成八年八月六日から、被告日本アムウェイ株式会社については同年一一月九日から、支払済みに至るまでそれぞれ年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
本件は、原告が被告らに対し、被告日本アムウェイ株式会社(以下「被告会社」という。)を原告、株式会社あっぷる出版社(以下「あっぷる出版社」という。)外二名を被告とする別件の訴訟において、被告会社の訴訟代理人である被告甲野太郎(以下「被告甲野」という。)が提出した準備書面(以下「本件準備書面」という。)によって、原告の名誉を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
一 争いのない事実等(括弧内に証拠を掲げた部分を除き、当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 原告は、主として訪問販売、連鎖販売取引及びその類似形態をとる企業並びに信販・クレジット会社等を主たる購読者とする新聞「週刊訪販ニュース」(以下「訪販ニュース」という。)を発行している株式会社である。
(二) 被告会社は、ディストリビューターと呼ばれる販売員(以下「ディストリビューター」という。)を通じて洗剤、台所用品、化粧品、健康食品、浄水器等を無店舗で販売することを業務とする株式会社である。
(三) 被告甲野は、弁護士として甲野法律事務所を開設するほか、被告会社の取締役の地位にある者である。
2 本件準備書面提出の経緯
(一) 被告会社は、あっぷる出版社が発行した山岡俊介を著者とする書籍によって、被告会社の名誉・信用を毀損されたと主張し、平成六年三月、被告甲野を訴訟代理人として、あっぷる出版社及び右山岡俊介外一名に対し損害賠償を求める訴えを提起し、右事件は当庁平成六年(ワ)第四八三〇号損害賠償請求事件として係属した(以下「別件訴訟」という。)。
(二) 原告は、別件訴訟の係属中である平成六年一一月から平成七年三月にかけて、「訪販ニュース」に、「日本アムウェイの課題」、「またも捏造データで販促(アムウェイ・ディストリビューター)」、「データ改ざん・捏造事件を追う(日本アムウェイ・ディストリビューター)」等の見出し(平成七年二月二三日付以降は、「国センデータ改ざん配付事件を追う(日本アムウェイ・ディストリビューター)」との見出しに変更)の下に、被告会社のディストリビューターが、厚生省や国民生活センターの健康食品・飲料、浄水器に関する資料を改ざん・捏造した販売促進資料を用いていたことを指摘し、その背景等を分析した記事(以下「本件訪販ニュース記事」という。)を掲載した。(《証拠略》)。
(三) 別件訴訟において、あっぷる出版社らは、被告会社のディストリビューターが厚生省や国民生活センターの資料を捏造して販売促進資料として使用している事実が発見されたこと、同資料が販売促進資料として過去二年間以上にわたり被告会社のディストリビューターによって利用され、配付されていたこと、同資料の配付は、被告会社の健康食品部門のライバル会社である三喜商事を第一のターゲットにしたものであり、虚偽のデータをもってライバルを蹴落とし,被告会社の商品の販売促進を意図したものであること等の事実を主張するとともに、右主張の裏付けとして、本件訪販ニュース記事等を書証として提出した(《証拠略》)。
(四) これに対し、被告甲野は、平成七年一〇月一一日に行われた別件訴訟の口頭弁論期日において、あっぷる出版社らの主張及びその提出にかかる証拠に対する反論等として、同日付の本件準備書面を提出・陳述した(《証拠略》)。
3 本件準備書面の内容
本件準備書面には、次の記載部分がある(以下、本件準備書面中の次の各記載 を「本件各記載」といい、それぞれの記載を「記載(一)」、「記載(二)」等という。)。
(一) 他のブラックジャーナリスト等
(二) 俗にいうタカリ新聞又はブラック紙と呼ばれる類に入る業界紙「訪販ニュース」
(三) (「訪販ニュース」が)巧妙にぼかしている論点
(四) まんまと訪販ニュースに騙された
(五) 訪販ニュースも、被告ら(別件訴訟におけるあっぷる出版社外二名)と同様で、他人の中傷記事を頻繁に書き
(六) 万一の損害賠償請求等に備えて巧妙な逃げ口上を用意した記事の書き方をする業界紙
(七) 訪販ニュースは、週刊誌で、二、〇〇〇乃至三、〇〇〇部を出版している小さな業界紙であり、広告収入と週刊誌「訪販ニュース」の販売代金が主たる収入源であるが、主たるものは広告収入である。そのため、広告の受注のためにかなり無理な方法を講じている。その訪販ニュースが、一九九四年暮れ頃、原告(本件における被告会社、以下本項においては同様の意味で用いる。)に特別に大きな広告を依頼してきた。原告も訪問販売業界の一員であるため、おつきあい程度の広告は出していたが、かかる特別広告の必要はなかったので断った。その後、右の連載記事が始まったのである。明らかに、広告拒否に対する仕返しである。
(八) 訪販ニュース社と編集責任者の取締役を原告本社へ呼び
(九) 訪販ニュースが、若し、原告ディストリビューターが右資料を捏造したというデータを持っているのであれば、それを提出するよう要求し、若し、かかる裏付資料なしに、原告ディストリビューターが右資料を捏造したかの如き記事を流布するのは名誉毀損・業務妨害であることを申し渡し
(一〇) 厚生省も国民生活センターも公表していない資料を、恰もそれがこれらの官庁によって作成されたかの如く、捏造し、しかも競争会社を蹴落とすために捏造したものであるという事実無根の訪販ニュース記事
4 原告は、被告らが共謀の上、別件訴訟の口頭弁論期日において本件各記載を含む本件準備書面を提出・陳述したことによって、原告の名誉が毀損されたとして、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償請求として五〇〇万円の支払を求めている。
二 争点
1 被告甲野が本件各記載を含む本件準備書面を別件訴訟において提出・陳述したことが公然事実を摘示して原告の名誉を毀損したものといえるか(本件各記載は原告の名誉を毀損するものであるか)。
2 本件各記載(ただし、記載(一)を除く)が真実であることについて証明があったか。
3 被告甲野において、本件各記載が真実であると信ずるについて相当の理由があったといえるか。
4 被告甲野の行為は、相当な弁護活動の範囲内にあるものとして違法性が阻却されるか。
5 仮に被告甲野の訴訟行為が不法行為に該当するとした場合、被告会社は、その代理人弁護士である被告甲野の行為によって生じた損害について責任を負うか。
三 争点に関する当事者の主張
1 争点1(名誉毀損の有無)について
(原告の主張)
(一) 本件各記載は、次のとおり、いずれも虚偽であり、原告がブラックジャーナルで、広告を出さない者に対する報復として事実無根のことを平気で書くという誤った印象を読む者に与え、原告の社会的評価を低下させるものであって、原告の名誉を著しく毀損する悪質極まりない中傷的記載である。
(1) 記載(一)について
「ブラックジャーナリスト」という言葉は、一般的に、このような表現をされる報道機関は、報道機関と呼ばれるに値しないという否定的な意味に用いられる報道出版をなす者に対するもっとも侮辱的な表現であり、本件準備書面全体の構成からみると、ここでいう「ブラックジャーナリスト」とは、原告を指しているものとしか考えられない。
(2) 記載(二)について
タカリとは、一般的に人を脅して金品を巻き上げることであり、刑事犯的行為もしくは他人を困惑させ、金品を提供させる行為を意味する言葉であるから、「タカリ新聞」とは、故なく金品を巻き上げる反社会的な存在であると決めつけ、原告の社会的評価を低下させる表現である。
また、「ブラック紙」とは、通常、内幕あるいは暴露記事を主に扱う寄生的な新聞と解され、他社に一方的に依存し、これを食い物にすることを業とする反社会的な存在を意味する表現である。
したがって、右各記載は、いずれも原告が違法性をもった反社会的な存在であるとして、原告の立場を貶めるものである。
(3) 記載(三)について
「巧妙にぼかす」という記載は、あたかも訪販ニュースが意図的に何かを企んでいるということを想起させ、原告が悪い意味で狡猾であるという印象を与える表現である。
(4) 記載(四)について
原告が読者を騙す意図も事実もないことが明らかであるにもかかわらず、「騙す」という記載をすることは、著しく原告の名誉を毀損するものである。
(5) 記載(五)について
「中傷記事」とは、事実無根のことを記事となし、他人の名誉を傷つけることであるが、本件訪販ニュース記事中には、事実無根の点は一切存在しない。したがって、本件訪販ニュース記事を事実無根と指摘することは、原告の社会的評価を低下させるものである。
(6) 記載(六)について
原告は、良識あるマスコミ人として公正な報道を心がけており、本件訪販ニュース記事も全てその角度から記載している。右記載は、被告会社の意図的な邪推としか言いようがなく、原告への中傷以外の何ものでもない。
(7) 記載(七)について
原告は、二〇年余に及ぶ実績があり、この間それぞれの業界の中心的なマスコミとして一定の評価を得ながら健全な経営を続けている。この年月は、「無理な方法」を講じることによって継続しうるものではない。
また、原告においては、広告担当と編集担当は明確に分かれており、それぞれが連携することは、絶対にあり得ることではなく、個別にそれぞれに業務を行っている。
原告の広告担当者が全面広告の企画書を送付し、被告会社の意向を打診したことは事実であるが、そもそも広告と記事とは別個であるのに、これと関連づけて「仕返し」等とするのは問題のすりかえである。
(8) 記載(八)について
同記載は、あたかも原告が企業から呼びつけられると安易に出掛けるかのごとき権威のない者であるとの印象を読む者に与える記載であって、ジャーナリストである原告の社会的評価を低下させるものである。
(9) 記載(九)について
同記載に記載されている事実は一切ない。
(10) 記載(一〇)について
本件訪販ニュース記事は、事実であり、被告らがこれを事実無根であると断定する根拠はない。
(二) 本件各記載は、公開の法廷で陳述された本件準備書面中に記載されたものであり、準備書面は何者でも閲覧することが可能なものであるから、被告らの行為は、公然事実を摘示して原告の名誉を毀損したものというべきである。
(被告らの主張)
(一) 本件各記載は、次のとおり、原告の名誉を毀損するものではない。
(1) 記載(一)について
まず、記載(一)における「ブラックジャーナリスト」という言葉は、原告を指すものではなく、原告の名誉を毀損するものではない。
また、そもそも「ブラックジャーナリスト」という言葉は、多義的であって、「通常のジャーナリストより政界や財界、産業界等の情報に通じ、取材源にもきわどいものを持っているが、それだけ正確な情報を握り、これを不正規な発表媒体や、時には正規の新聞、雑誌等の媒体を通じて発表するような人々を指すもの」あるいは「政財界の内幕・裏面を扱う新聞雑誌」という意味にも解され、必ずしも否定的評価を伴うものではないから、この言葉を用いることが原告の名誉を毀損するものとはいえない。
(2) 記載(二)について
記載(二)において、原告をブラック紙と断定しているわけではなく、「ブラック紙と呼ばれる類に入る」という非断定的な表現に押さえてあること等から、原告の名誉を毀損するものではない。
(3) 記載(三)及び(四)について
本件各記載は、いずれも別件訴訟におけるあっぷる出版社らに対する批判であり、原告の社会的評価を下落させるものではない。
(4) 記載(五)ないし(一〇)の記載も、何ら原告の名誉を毀損するものではない。
(二) 本件準備書面は、理論上は公開文書とはいえ、現実にそれが公衆の目に触れるものではなく、現に、別件訴訟の裁判記録を閲覧・謄写した者は、原告を含めて一人もいない。しかも、当時、同事件の弁論期日における傍聴者は皆無の状態であった上、口頭弁論において原告が問題としている記載を口頭で陳述したわけでもない。
また、裁判記録を閲覧・謄写するには、その旨の申請を行い、申請書に、申請者と当該訴訟との関係を記入しなければならないことになっている。
したがって、被告甲野が本件準備書面を提出・陳述した行為は、名誉毀損における公然性の要件を具備していない。
2 争点2 (本件各記載の真実性)について
(被告らの主張)
本件準備書面は、別件訴訟における攻撃防御方法として提出したものであり、訴訟として公開の法廷の場で争われている以上、公共の利害に関する事項であることは明らかであり、本件各記載は被告会社を悪質な企業として攻撃していた原告の新聞記事をどのように理解したらよいのかという問題に関するものであるから、その目的は専ら公益を図るものであるところ、被告甲野が本件準備書面でした本件各記載(記載(一)を除く。)はいずれも真実あるいは事実に基づく公正な論評であるから、名誉毀損の不法行為の違法性を欠くものというべきである。
特に、本件各記載のうち原告がブラックジャーナリスト・ブラック紙であるとの事実については、次の各事実から真実であることが明らかである。
(一) 本件訪販ニュース記事は、被告会社が原告からの格別の広告掲載要請を断った直後から開始され、三箇月余りにわたって継続して掲載されたものであり、原告の青木実取締役と記者及び広告担当が共に被告会社を訪れ、広告に応じなければ何か書かれるとの印象を与え、また広告担当者を使って広告掲載の可能性と記事の連動を図っていること、広告掲載の可能性なしと判断してから徹底的に原告を攻撃する記事の掲載を始めたこと等の原告の行動は、いわゆるブラック紙の手法と全く同一である。
(二) 被告甲野は、原告の過去の編集長数名の中から一名を選び事情調査を行った結果、訪販ニュースでは、過去にも広告を拒否した会社に対し、徹底していわゆるバッシング記事を連載していたとの事実を発見するとともに、被告会社の属する日本訪問販売協会会員の中にも訪販ニュースから迷惑を被っている会社があるとの話を聞いた。
(三) また、原告では、青木実取締役が訪販ニュースの業務と編集を兼務し、業務と編集の双方が同人の最終判断で行われる組織になっており、原告の組織では、編集が業務から独立していない。
(四) 原告又は原告の属する企業グループが発行する業界紙では、過去に、ある企業(サンスター株式会社、サンフラワー株式会社、株式会社エヌ・ジー・シー、コスモ株式会社、朝日ソーラー)が広告を掲載している間は好意的な記事を掲載し、あるいはその企業が社会的な非難を受けても、批判的な記事を掲載せず、広告掲載がなくなると批判記事を掲載するという事実が数件あった。
(原告の主張)
本件各記載は、いずれも虚偽の事実であるし、被告らの主張するような事実はいずれも存在しない。
被告会社のディストリビューターが、厚生省や国民生活センターの健康食品、飲料、浄水器に関する資料を改ざんした資料を配付したことは事実であり、しかもこの改ざんデータは、販売には欠かない販売促進資料として使われており、しかも官庁データの改ざんであること、さらにこれを使った販売員が、訪問販売業界では最大手として社会的責任が極めて重い被告会社の販売員であったことは、この業界の健全化にとって見過ごすことのできない大事件であった。原告の連載記事は、この問題について事実を確認し、原因を追求してこれを除去するという方針に基づいて執筆されたものであった。
3 争点3 (真実と信ずる相当な理由の有無)について
(被告らの主張)
被告甲野は、本件訪販ニュース記事を分析するとともに、右2で主張したとおりの事前の調査に基づいて、本件各記載(原告がブラックジャーナリスト・ブラック紙であること)が真実であると信じて本件各記載を行ったのであり、かつ、そのように信じるについて相当な理由があった。
(原告の主張)
本件訪販ニュース記事は、被告会社の広告掲載の有無とは無関係であり、原告が被告会社の広告掲載と被告会社に対する批判記事を絡めたことはなく、被告らの主張するような事実は存在しないし、被告甲野が本件各記載が真実であるとの判断をしたのは同被告の経験に基づく単なる勘によるものに過ぎないから、被告らが本件各記載を真実であると信ずるについて相当な理由があったものとはいい難い。
4 争点4 (正当行為としての違法性阻却の有無)ついて
(被告らの主張)
(一) 被告甲野が被告会社の訴訟代理人として、別件訴訟において、本件各記載をなしたことは、次のとおり、正当な弁護活動であって、たとえ、原告の名誉を害するような記載があったとしても、その違法性は阻却される。
(1) 別件訴訟において、あっぷる出版社らは、被告に対する悪印象を担当裁判官に抱かせることを目的として請求原因に全く関係のない本件訪販ニュース記事その他の被告会社を誹謗中傷する多くの出版物を提出した。
これに対し、被告甲野は、被告会社の訴訟代理人として、右出版物を出版している会社は真面目に取材もしないで不当に誹謗中傷記事を書きたてており、とりわけそれが広告宣伝料等の支出如何によって記事の内容が左右される実態を明らかにし、あっぷる出版社らの提出した本件訪販ニュース記事を含む書証が信憑性を欠くものであることを主張立証する必要性が極めて高いと判断し、本件各記載を含む本件準備書面を提出・陳述したのであって、右行為は、右書証の信憑性減殺に必要な範囲で行われた訴訟活動として必要かつ正当なものであり、かつ、一応の裏付けがあることを確かめた上でなしたものである。
(2) 被告甲野は、不当な目的で書かれた本件訪販ニュース記事から被告会社の名誉を守るために原告の被告会社に対する従前の態度をも考慮に入れた上で本件各記載をなしたものであり、右各記載は原告が右記事で用いた表現等に対比して、その方法・内容において適当と認められる限度を越えていない。
(二) 原告は別件訴訟の当事者以外の第三者であると主張するが、原告の記者である佐藤が別件訴訟の被告である山岡俊介らと明示又は黙示の共謀の結果、被告会社を非難すべく執筆が開始されたものであることが窺われるから、原告は別件訴訟における全くの第三者とはいえないし、仮に原告が別件訴訟における第三者であるとしても、被告甲野の行為は、前記のとおり、相手方から提出された書証の証明力を争うため、合理的根拠があるとの判断のもとにされたものであるから、その違法性が阻却されることに変わりはない。
(原告の主張)
原告は、別件訴訟においては、当事者でない無関係な第三者であり、反論の機会も、反証の機会も与えられていないから、第三者に対する記載は、抑制的であるべきであり、当該訴訟にとって必要不可欠な限度で第三者に関する節度をもった表現をなす場合のみ許されるものというべきある。
ところが、被告らは、別件訴訟において本件訪販ニュース記事を問題にする必要があり、同記事に誤りがあることを論ずる必要があるとしても、その誤りである所以を具体的に指摘し、立証活動等をすれば足りるにもかかわらず、本件各記載のような侮辱的、侮蔑的表現をあえて使用したのであって、右各記載は明らかに訴訟活動として許される限界を逸脱したものであり違法というべきである。
5 争点5 (被告会社の責任)について
(原告の主張)
(一) 本件準備書面は、別件訴訟において、被告会社の代理人であった被告甲野が提出したものである。そして事実関係についての記載である以上、これらの名誉毀損・中傷にわたる部分については、被告会社から得た知識を持って記載されているものと推測され、従って、この書面の作成は代理人である被告甲野と被告会社の共同作業、すなわち共謀によって作成されたものであることは明らかであり、本件準備書面の作成は、両者の共同不法行為として評価され、両者が責任を負うべきである。
(二) 被告甲野は、被告会社の取締役を兼ね、さらにこの取締役としての被告甲野の訴訟行為は、同人の判断に全て委ねられているという形態を取り、加えて被告甲野の上司が代表者と見られる点と合わせるならば、被告甲野は被告会社の法務責任者というべき立場であることは明白である。
したがって、被告甲野の訴訟行為は、部外の専門家の行為と見るべきではなく、被告会社内部の人間が被告会社の名において行為をなした場合と同視することが可能であり、被告会社そのものの行為と見るべきである。
(被告らの主張)
(一) 弁護士である訴訟代理人は、法律及び訴訟の専門家として専門知識を生かして弁論する広範な裁量権を持っており、本人にはその代理人弁護士の訴訟活動を監視すべき義務はないとされているところである。
本件準備書面は、被告甲野が被告会社の関与なしに被告甲野の経験・調査に基づいて、その専門的裁量の範囲内で作成し、これを提出・陳述したのであって、被告会社は本件準備書面提出前に同書面の内容を知らなかったし、それを知らないことについて過失もなかったのであるから(なお、本件準備書面が被告甲野から被告会社に提示されたのは、同書面が裁判所において陳述された後である。)、被告会社が本件準備書面の記載について責任を負う立場にはない。
(二) 原告は、被告甲野が被告会社の法務責任者というべき立場にあり、被告甲野の行為は被告会社そのものの行為と見るべきであると主張するが、被告甲野はいわゆる社外取締役であり、その主な職務は年に数回開催される取締役会に出席して付議される議案に第三者的立場から意見を述べ、議案の採決に参加すること等であり、本件と被告会社の社外取締役としての職務とは全く関係がないし、被告甲野は被告会社の顧問弁護士であるが、被告会社の被用者ではなく、被告会社から独立して弁護士としての職務を遂行していたのであるから、いずれにせよ、被告会社が本件準備書面の記載について責任を負う理由は全くない。
第三 争点に対する判断
一 争点1 (名誉毀損の有無)について
1 記載(一)について
記載(一)は、別件訴訟において被告会社の名誉を毀損するか否かが問題となっている三冊の出版物は、「他のブラックジャーナリスト等」を情報源としている文脈で用いられている(《証拠略》)。
確かに、右記載は、それのみでは、「他のブラックジャーナリスト等」が原告を指称するものであることが必ずしも明らかとはいえないが、本件準備書面の他の箇所において、「(別件訴訟における)被告ら(あっぷる出版社ら)の引用記述は、俗にいうタカリ新聞又はブラック紙と呼ばれる類に入る業界紙)『訪販ニュース』記事の全くの受け売りに過ぎない」と記載されていること等(本件各記載)からすると、本件準備書面を読む者に対し、「他のブラックジャーナリスト等」に原告が含まれているとの印象を与えるというべきである(なお、被告らは、本件において提出した準備書面において、原告はあっぷる出版社らと情報を交換し、あるいは影響を受け合って被告会社を非難する記事等を「連携出版」したとも主張しているところであり、被告甲野も同趣旨の供述をしている。)。
そして、「ブラックジャーナリスト」という言葉は、多義的ではあるが、一般には政界、財界、業界等の内幕や暴露情報を主に扱う寄生的な新聞・雑誌、取材した情報をもとに脅迫して利益を得ようとするジャーナリズム活動を行う者等をいうとされているのであって、否定的評価を伴う言葉であるというべきであるし、本件準備書面の記載からすると、被告甲野が否定的評価を伴うジャーナリストあるいは企業を脅迫等して不正な利益を得ようとするジャーナリストという意味で右言葉を用いたことも明らかである。
そうすると、同記載は、原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
2 記載(二)及び(七)について
記載(二)及び(七)は、原告のことを指していることは明らかであり、全体として、原告の主な財源は広告収入であり、原告が、広告受注のために、無理な方法を講じている、すなわち、広告の勧誘を断れば当該会社の批判記事を掲載するかのような気勢を示して勧誘を行い、実際に勧誘を断った場合には、その仕返しとして当該会社の批判記事を掲載するとの事実を摘示したうえ、原告が右のような行動をするという意味において「タカリ新聞、ブラック紙と呼ばれる類に入る業界紙」と論評したものである。
したがって、右各記載は、原告が違法、不法な行為により広告を受注し、不当な利益を得ている反社会的な報道機関であるという内容であって、原告の社会的評価を低下させるものというべきである。
3 記載(三)、(四)及び(六)について
(一) 記載(三)及び(六)は、原告は、被告会社ディストリビューターが資料を捏造したことに関して何ら裏付けとなる資料を有していなかったにもかかわらず、本件訪販ニュース記事中に、あたかも被告会社ディストリビューターが国民生活センターの資料を捏造したかのごとき誤った印象を読者に与えかねない記事を掲載しながら、右記事を掲載するに当たっては、後日、被告会社から名誉毀損訴訟等を提起されたとしても言い逃れのできるように巧妙な言い回しを用いるという卑劣で姑息な手段を採ったとの事実を摘示したものである。
したがって、右各記載は、原告の発行している「訪販ニュース」が何らの根拠がないのに紛らわしい表現を用いることにより巧妙に被告会社を誹謗したという印象を読者に与えるものである。
(二) また、記載(四)は、別件訴訟において、あっぷる出版社らが、本件訪販ニュース記事中の「被告会社ディストリビューターが改ざん・捏造資料を交付した」という部分を引用して主張する際、「被告会社ディストリビューターが資料を改ざん・捏造した」と誤って引用したことを摘示したものであるが、「まんまと騙された」との記載は、原告が右(一)記載のとおり紛らわしい表現を意図的に用いることにより、あっぷる出版社ら読者を欺罔したとの印象を与えるものである。
(三) したがって、右各記載は、原告の社会的評価を低下させるものといえる。
4 記載(五)及び(一〇)について
記載(五)及び(一〇)は、原告は何らの根拠、裏付けがないまま、他人を非難中傷する記事を頻繁に書くような会社であり、本件訪販ニュース記事も、被告会社を中傷するために何らの裏付けもなく作成された事実無根のものであるとの事実を摘示したものである。
原告のようなジャーナリストにとって、その報道にかかる事実が、虚偽であると指摘されること、しかも、他人を中傷するために故意に虚偽の記事を掲載したと指摘されることは、その社会的評価を著しく低下させるものであることは明らかである。
したがって、記載(五)及び(一〇)は、いずれも原告の社会的評価を低下させるものである。
5 記載(八)及び(九)について
記載(八)は、単に原告に批判記事を掲載された被告会社が、原告の担当者らを被告会社に呼んで抗議等をしたとの事実を摘示したものに過ぎず、記載(九)も被告会社が原告に対し、被告会社のディストリビューターが原告指摘にかかる資料を捏造したというデータを持っているのか否かを確認するとともにその提出を要求し、原告が何らの資料もなしに被告会社ディストリビューターが資料を捏造したとの記事を流布するのは被告会社に対する名誉毀損・業務妨害になる旨警告したとの事実を摘示したものに過ぎないから、これらが原告の社会的評価を低下させるとまではいえない。
なお、原告は、記載(八)についてジャーナリストとして原告が権威のない者であるとの印象を与える記載であると主張するが、独自の見解であって採用できない。
6 被告らは、本件各記載は準備書面中に記載されたに過ぎないものであり、公然事実を摘示したものとはいえないから、被告甲野の行為は名誉毀損行為に当たらないと主張する。
しかし、被告甲野は、別件訴訟における口頭弁論期日において、本件各記載を含む本件準備書面を提出・陳述したものであり、しかも、準備書面は、訴訟記録として、何人も閲覧することができるものであって(民事訴訟法九一条一項)、仮に被告らの主張するように、右の口頭弁論期日には傍聴者はなく、別件訴訟の裁判記録を閲覧・謄写した者がいないとしても、その内容が第三者に伝播する可能性は十分にあるというべきであるから、名誉毀損の前提となる公然性に欠けるところはない。
したがって、被告らの右主張は採用できない。
二 争点2 (本件各記載の真実性)について
1 記載(一)、(二)及び(七)について
(一) 《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告の編集主幹である青木は、平成六年一〇月五日、被告会社の当時の取締役であった服部寿郎と会談したが、その際に、原告側から広告掲載の話が出たものの、被告会社はこれを断った。
(2) 原告は、同年一一月二四日付けの訪販ニュースに「日本アムウェイの課題」との見出しの下に、「国民センターが行った浄水器に関する商品テストの改ざん事件」は被告会社の(ディストリビューターの)管理能力が既に限界に達していることを示す等とする社説を掲載した。
(3) 原告側(青木及び原告の記者である五十嵐洋二)は、同年一一月三〇日及び一二月二日、被告会社(広報部員である芦沢広行ら)に富山県下での健康食品に関する改ざん資料配付事件に関する取材をした。
(4) 原告(広告営業部門の従業員である星野仁)は、同年一二月七日、被告会社側(広報部員である芦沢広行)と面談し、原告における更なる広告掲載に協力するように依頼したが、被告会社側ではこれを拒否した。
(5) 原告は、同年一二月一五日付の訪販ニュースに「またも捏造データで販促(アムウェイ・ディストリビューター)」の見出しの下に、「肥大組織管理能力伴わず、業界イメージに大きな傷」等とする記事を掲載し、更に、平成七年一月一二日から同年三月にかけて、訪販ニュースに「データ改ざん事件を追う(日本アムウェイ・ディストリビューター)」等の見出しの下に、被告会社のディストリビューターが厚生省及び国民生活センターの健康食品等に関する資料を改ざんした資料を販売促進資料として用いたことを指摘し、その背景等を分析する記事を連載した。
(6) また、原告は、宏文出版、通販新聞、洗車給油所新聞と同一資本のグループ企業であり、その現業部門を、制作部門、取材から記事執筆までを担当する編集部門と広告の募集等を担当する広告営業部門の三部門に分担させ、その責任と権限範囲を明確に区分する体制としており、編集部門と広告営業部門にはそれぞれに担当従業員を配置しているものの、常務取締役であり、編集主幹である青木が実質的な最終責任者として編集部門及び広告営業部門を統括する組織となっている。
(二) 右各事実によると、原告の被告会社に対する広告掲載依頼の時期と本件訪販ニュース記事の連載の時期が同時期であったことが認められるが、一般に業界紙が広告料収入に相当程度依存し、広告掲載依頼と批判的な記事の掲載が並列して存在していることが日常的にありうることであることは、被告甲野自身がその本人尋問で認めるところであることに照らすと、青木が原告の実質的な最終責任者であるとしても、右事実のみから、記載(一)、(二)にかかる事実、記載(七)にかかる事実のうち、原告が広告受注のためにかなり無理な方法を講じており、本件訪販ニュース記事の連載が開始されたのは明らかに被告会社による広告拒否に対する仕返しであるとの事実までを認めることはできず、右各記載がその前提としている事実が主要な点において真実であることに基づく公正な論評であるということもできない。
なお、被告甲野は、原告の過去の編集長の一人から事情調査を行った結果、訪販ニュースでは過去にも広告を拒否した会社に対し、徹底していわゆるバッシング記事を連載していたとの事実を確認するとともに、被告会社の属する日本訪問販売協会の理事から同協会会員の中にも訪販ニュースから迷惑を被っている会社があるとの話を聞き、原告と競業関係にある日本流通新聞の関係者からも事情聴取をした等と供述するが(《証拠略》)、右の調査について、被告甲野はその調査対象者の氏名等を秘匿していること、具体的な調査内容等も明確でないこと等に照らすと、被告甲野の右供述部分は採用することができないといわざるを得ず、右各書証のみをもって、前記事実を認定することはできない。
また、仮に被告らの主張するように、原告又は原告の属する企業グループが発行する業界紙において過去にある企業が広告を掲載している間は好意的な記事を掲載し、あるいはその企業が社会的な非難を受けても、批判的な記事を掲載せず、広告掲載がなくなると批判記事を掲載するという事実があったとしても、右事実のみでは、原告が違法不当な方法で相手企業側を畏怖困惑させる等して不当な広告料収入を得ていたものと断定することはできないというべきである。
2 記載(三)、(四)及び(六)について
記載(三)、(四)及び(六)にかかる事実について、これを真実あるいは事実に基づく公正な論評であると認めるに足りる証拠はない。
3 記載(五)及び(一〇)について
記載(五)及び(一〇)にかかる事実について、これを真実あるいは事実に基づく公正な論評であると認めるに足りる証拠はない。
むしろ、《証拠略》によれば、本件訪販ニュース記事を含む訪販ニュース掲載記事はそれなりの資料、根拠等に基づくものであることが認められるところである。
4 したがって、その余の点について判断するまでもなく、争点2に関する被告らの主張は理由がないというべきである。
三 争点3 (真実と信ずるに相当な理由の有無)について
《証拠略》では、被告甲野は本件準備書面を作成するに当たり、本件訪販ニュース記事を分析するとともに、原告の元編集長、日本訪問販売協会の理事、日本流通新聞関係者から事情聴取等をすることにより、本件各記載にかかる事実が真実であると信じたのであって、同被告がそのように信ずるについては相当な理由があったとされているが、被告甲野の調査等についてその供述が採用できないことは右二において述べたとおりであり、同所記載の理由により、原告からの広告掲載依頼の時期と本件訪販ニュース記事の連載の時期が同時期であること及び青木が原告の実質的な最終責任者であることのみでは、被告甲野において本件各記載にかかる事実が真実であると信ずるについて相当な理由があったものとはいえない。
四 争点4 (正当行為としての違法性阻却の有無)について
1 弁論主義・当事者主義の観点から、訴訟手続における主張は、それが他人の名誉を毀損するものであったとしても、要証事実と関連性を有し、その必要性があり、表現内容、方法、態様が適切である場合には、正当な弁論活動として、結果的に主張事実が真実であることの立証が得られなくとも、その違法性が阻却されると解すべきである。
2 そこで、右の観点から、原告の社会的評価を低下させる記載であると認められる記載(八)及び(九)を除く本件各記載(以下、「本件各記載」との表現は、記載(八)及び(九)を除くものとして用いる。)について、右各記載を本件準備書面に記載することが弁護士である被告甲野の正当な弁論活動(弁護活動)の範囲内にあると認められるか否かについて検討する。
被告甲野が別件訴訟において本件準備書面を提出・陳述したのは、あっぷる出版社らが本件訪販ニュース記事を証拠として提出し(ただし、右記事が別件訴訟における請求原因事実等と関連がないものであり、被告会社において敢えて反論の必要のないものであることは被告甲野が右準備書面で自認しているところである。)、その内容が被告会社における組織管理の在り方等を問題にするものであったことによるものであり、被告甲野において、右記事は事実と異なる部分がある等と主張する必要があると判断したことはやむを得ないところであるとしても、他の表現等によっても右記事内容の信用性等を弾劾することが十分に可能であった(弁論の全趣旨)にもかかわらず、十分み資料・根拠もないままに本件準備書面に本件各記載のような原告の社会的評価を低下させ兼ねない不穏当な表現を用いたものであることは前記認定のとおりであるから、被告甲野の右行為は社会的に許容される相当な範囲の弁論活動(弁護活動)ということはできない。
3 したがって、被告らの正当な弁護活動との主張も採用することができない。
五 しかしながら、本件各記載は、被告甲野が別件訴訟においてあっぷる出版社らが書証として提出した本件訪販ニュース記事の信用性等を弾劾するために提出・陳述した準備書面においてなされたものであって(被告甲野が殊更に原告の名誉あるいは名誉感情を害することを目的とし、原告を誹謗中傷するために本件各記載を用いたと認めるに足りる証拠はない。)、その記載内容等に不穏当な部分があるとしても、民事訴訟の場では、相手方の提出した主張や証拠の信用性等を弾劾するために相手方の名誉感情を害するような表現等が用いられることがままあり、準備書面に記載された主張は、その性質上、一方当事者が訴訟追行の必要等からしたものとして、それがそのまま真実であると受け取られることは通常極めて稀というべきであること、原告が発行する訪販ニュースは公称発行部数二万六〇〇〇部を誇る業界紙であり(《証拠略》)、本件各準備書面は、右紙面に掲載され既に広く流布していた本件訪販ニュース記事の内容及び原告の業務のあり方等について、別件訴訟における弁論という極めて限られた場面で批判等を加えたものに過ぎないこと、本件準備書面が別件訴訟関係者以外の者に閲覧謄写されたり、配布されたりしたこと及び本件準備書面が提出・陳述されたことにより原告が具体的な損害を被ったことを認めるに足りる証拠もないこと等の事情に照らすと、被告甲野が本件準備書面を提出・陳述したことは、前記認定のとおり社会的に許容される正当な範囲の弁論活動(弁護活動)ということはできないものの、原告がこれによってその名誉を毀損されたとして損害賠償(慰謝料の支払)を求めることができる程の違法性を有するものでもないというべきである。
六 結論
以上の次第であるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 一宮なほみ 裁判官 村田 渉 裁判官 安田大二郎)